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【薬害エイズ】薬害エイズ訴訟:院内感染、和解…東京訴訟で最後の原告/薬害エイズ訴訟、「投与記録なし」で初の和解

【薬害エイズ】《薬害エイズ訴訟:院内感染、和解…東京訴訟で最後の原告》
国立がんセンター中央病院(東京都中央区)で骨髄移植を受けた30代の患者が、手術の際にHIV(エイズウイルス)に感染したとして、国などに賠償を求めた訴訟の和解が9月5日、東京地裁(阿部潤裁判長)で成立した。
国は院内感染を認め、病院が誠意ある対応を取らなかったことに遺憾の意を表す。
これで約1400人が提訴した薬害エイズ訴訟で係争中の原告は、東京地裁ではいなくなり、大阪地裁の2人だけになった。

訴状によると、男性は1986年3月、がんの一種で同病院に入院した。
がんは完治したものの、その後に、HIVとC型肝炎ウイルスへの感染が判明した。
男性側は、手術で使われた非加熱製剤による感染を訴えたが、病院側は「記録がない」として投薬証明を出さなかった。

男性の代理人の清水勉弁護士によると、国側が
(1)国立がんセンター中央病院でHIVに感染したことを認める
(2)和解金を支払う
(3)原因究明調査を求めたのに誠意ある対応をとらなかった病院側に男性が強い不信感を抱いていることを真摯に受け止め、遺憾の意を表する――との内容で和解した。
訴訟外での病院長との確認書で「86~87年に小児科を受診し、出血を伴う治療を受けたことがわかった者に検査を勧める」との内容が盛り込まれた。

清水弁護士は「国が院内感染を認め、原告側が強く求めていたほかの患者を救済する対応を病院側が約束したので、和解に応じた」と話している。

薬害エイズ訴訟は96年、国と製薬会社が1人あたり4500万円を支払うことで和解が成立した。
しかし、非加熱製剤の投与が証明されていないなどの理由で国と製薬会社が和解を拒否した一部の原告の訴訟が長期化していた。

平成20年9月6日付「毎日新聞;銭場裕司記者」より

《薬害エイズ訴訟、「投与記録なし」で初の和解》

薬害エイズ訴訟・東京訴訟で、原告の男性に「非加熱製剤を投与した記録がない」として、被告の国・製薬会社が和解を拒んでいた裁判は9月5日、東京地裁で和解が成立した。

国は、男性が病院で治療を受けた期間に、エイズウイルス(HIV)に感染したと認め、250万円の和解金を支払う。
男性は近く製薬会社への訴えを取り下げる予定で、製剤の投与記録がないケースでの和解は初めて。

訴えていたのは、1986年に国立がんセンター中央病院(東京)で骨髄移植を受けた無職山本義則さん(32)。
6年後にHIV感染が判明したが、原因は特定できなかった。

薬害エイズ訴訟は96年以降、東京・大阪訴訟とも被告側が4500万円の和解金を支払う条件で順次、和解が成立。
しかし、山本さんの事例では同センターが治療と感染の因果関係を認めず、2005年、投与記録がないまま提訴した。

平成20年9月6日付け「読売新聞」から

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