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06.11.27更新

つい最近、ある若い被害者と話していて、「何年生まれ?」と聞いたら、「1983年」と。
83年はまさしく闘いの始まりの年。
「初めて血液凝固因子製剤を使ったのはいつ?」と尋ねると「血友病の診断がついたのは84年4月、初めて使ったのが84年5月です」。
思わず唸ってしまった。
本当なら感染を避けられたのに、と。
83年1月、米国血友病財団(NHF)が『血友病に於けるAIDS予防についての勧告』から「?新生児に対し、或いは頻回輸注を必要としない患者に対してはクリオを用いること」。
5月、医学界新聞に「急増する米国のAIDS 同性愛者・薬剤常用者・血友病患者等に発症」、「“血友病患者11例(死亡率73%)”米国には2万人の血友病患者がいるが、AIDSはこれらの患者の脅威となっている」と治療の血液製剤で、1回の投与量で数万人のドナーの血液に晒されると、血液製剤伝播リスクを指摘。
82年2人から11人と血友病死亡者が増える。
で、6月に、例の厚生省AIDS研究班「安部研究班」ができ、血友病患者はAIDSのハイリスクになっていた。
同年7月に帝京大第一症例の患者、死亡。
もう一人、疑わしい症例が。
既に輸入血液製剤の使用を中止している人も出ていた。
8月血友病の全国会拡大理事会でAIDS対策を求める要望書採択、「安全な血液確保を 血友病患者が要請へ(東京新聞)」。
8月30日「エイズ患者の血混入血液製剤を米が回収」“米赤十字社は29日、血友病患者の治療用に使われている血液製剤にAIDSで死亡した患者の血漿が含まれていたため、これら製剤二組、薬瓶にして5592本を回収処分した”と発表、厚生省は「恐れていたことが現実になったといえる。
大量の輸入国としては、事態の推移に大きな関心を持たざるを得ない」(読売新聞)と担当課長がコメント。
この後、ウイルスが同定され、血友病患者のAIDS感染リスクは真っ赤な警告ランプとなった。
患者から見て、84年の5月に初めての製剤にこのようなリスクの高い製剤を提供する企業、投与する医療機関、またそれをよしとしていた国。
あらためて23歳の彼の顔を見ることができますか? すぐ記憶を呼び起こす。
83年から84年、当時、患者として何とかAIDS感染を防ぐにはと走り回ったものとして、それができなかったことに目を伏せてしまった。

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