トップページ > はばたき福祉事業団とは
薬害エイズ年表
1982年
7月16日
米国のCDC、血友病患者の感染者3例報告
1983年
3月21日
米国で加熱製剤認可
1983年
9月22日
血友病患者団体が厚生省に安全な血液製剤供給を要望
1983年
6月13日
「厚生省エイズ実態把握に関する研究班」(班長安部英帝京大学教授)第1回会議
1983年
6月27日
ストックホルムで第15回世界血友病連盟(WFH)国際会議で治療方法に変更なしの方針打ち出される
1983年
7月5日
帝京大症例患者死亡(日本初の薬害エイズ被害者)の報告
1985年
7月1日
第8因子製剤の加熱処理製剤の一括承認。安部英の治験調整疑惑
1986年
エイズ予防法制定に向けて、行政・報道によってエイズパニックが作り出される
1988年
10月27日
エイズ予防法可決
1988年
11月6日
「HIV薬害被害者の会」結成。国、製薬5社に対する賠償責任を問う
1988年
12月23日
エイズ予防法成立
1989年
5月8日
大阪HIV訴訟提訴(原告2名)
1989年
10月27日
東京HIV訴訟提訴(原告14名)
1993年
7月5日
裁判長、和解勧告を示唆
1993年
12月6日
法廷での原告本人尋問開始
1994年
4月4日
安部英を殺人未遂罪で東京地検に告発
1995年
1月13日
原告団弁護団、和解による全面解決方針を決定
1995年
7月24日
厚生省を囲む「3500人、人間のくさり」
1995年
10月6日
東京地裁、大阪地裁、和解勧告・所見を出す
1996年
2月14日~16日
原告被害者、厚生省前で座り込み(16日、菅直人厚生大臣が責任認める)
1996年
3月14日
被告製薬企業5社、和解案受諾
1996年
3月29日
被告の加害責任を認めさせた和解成立
1996年
4月26日
全国4地裁(仙台・名古屋・福岡・熊本)提訴。札幌は6月10日
1996年
5月19日
原告団総会で、救済センター(のちのはばたき福祉事業団)設立確認準備会発足
1996年
7月23日
衆議院厚生委員会証人喚問実施(安部英、郡司篤晃、塩川優一)
1996年
8月21日
大阪地検、ミドリ十字家宅捜索
1996年
8月29日
東京地検、安部英逮捕、自宅・帝京大病院家宅捜索、厚生省家宅捜索
1996年
9月19日
ミドリ十字元・前・現社長逮捕
1996年
10月4日
松村明仁厚生省元生物製剤課長逮捕
1996年
12月5日
第4ルート(非血友病血液凝固因子製剤によるHIV感染)被害実態調査の実施
1997年
4月1日
はばたき福祉事業団設立
エイズ治療・研究開発センター(ACC)開設
1997年
4月25日
地方ブロック拠点病院整備
1997年
10月1日
ACC病棟開棟式(小泉純一郎厚生大臣出席)
1998年
1月19日
免疫機能障害を身体障害者・傷害年
金の対象と認定
1998年
3月2日
「血液事業法(仮称)制定に向けて」で中薬審企画・制度改正部会に被害患者2名が委員として参加
1999年
4月1日
エイズ予防法が廃止され、感染症新法制定
1999年
8月24日
薬害根絶「誓いの碑」建立(除幕式に宮下創平厚生大臣出席)
2000年
2月24日
ミドリ十字歴代三社長に禁錮2年
~1年
4ヶ月の実刑判決
2001年
3月28日
安部英被告に無罪判決
2001年
5月
薬害HIV感染被害者遺族の生活実態調査着手(事務局:はばたき)
2001年
5月7日
はばたきライブラリー仮オープン
2001年
9月28日
松村明仁被告に禁錮1年
、執行猶予2年
の有罪判決
2002年
4月27日
薬害エイズ裁判和解6周年
記念集会開催
2002年
7月25日
安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律(血液新法)成立
2002年
10月1日
「薬害HIV感染被害者遺族への面接調査報告」完成
2003年
3月29日
薬害エイズ裁判和解7周年
記念集会開催(坂口力厚生労働大臣出席)
2004年
2月23日
安部英被告に対する公判が心神喪失により停止
2004年
5月24日
薬害エイズ裁判和解8周年
記念集会開催
2005年
3月25日
薬害エイズ裁判和解9周年
記念集会開催/東京高裁、松村被告に対する一審判決を支持し、検察・弁護側双方の控訴を棄却
2005年
4月25日
安部英死亡
2006年
3月25日
薬害エイズ裁判和解10周年
記念集会開催(小泉純一郎首相よりメッセージ)
2006年
8月30日
はばたき福祉事業団が法人化し、社会福祉法人はばたき福祉事業団として設立
2007年
3月24日
薬害エイズ裁判和解11周年
記念集会開催

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